トランサーフィン・TUFTYのカテゴリーにある記事は、「78日間 トランサーフィン実践マニュアル」という本を読んだ結果、私の思考があっちこっちに飛んでいろんなことを書いていますが、あくまでも自分用の備忘録的なものです。
作者ヴァジム・ゼランドさんが書いている内容と必ずしも一致するものではありませんので悪しからず。
まずは30秒でわかる「トランサーフィン」
「現実を変えようと頑張るのをやめて、理想の現実を選び直す」というロシア発の画期的なメソッドです。
- バリアントの空間: 宇宙には「あらゆる可能性(シナリオ)」がすでに用意されている。
- 選択の自由: 私たちは、どのシナリオを歩むか「現実を選ぶ権利」を持っている。
- 振り子(ペンデュラム): 感情を揺さぶり、エネルギーを奪っていく社会のルールや常識。これに反応せず、受け流すのがコツ。
一言でいうと… 荒波の中を無理に泳ぐのではなく、行きたい方向へ流れている「別の波」にひょいと乗り換えるような感覚。それがトランサーフィンの実践です。
この考え方を自分の内側に落とし込み、久米島移住や借金と投資がどう変わっていくのか観察したいと思います。
1日目:目覚め
人は幼少期に前回までの人生の総復習をして、そこからもう一度魂の目的に再挑戦できるように、自分の人生を設計してここに居ると聞いたことがある。
つまり、幼少期の段階で自分を眠らせた後、意識を取り戻し、完全覚醒するのが目的だ。
まずは振り子が右に左にブレっブレにブレるところから始めることが重要で、催眠術にかける、洗脳する、いろんな言い方があると思うけど、家族や友人、学校の先生などを通して、地球での世知辛いルールを覚え、物事は思い通りにはいかないものだとみんなが口をそろえて言う中に自分自身を浸す。そして私たちは自分の本当の力を忘れてしまう。
そこから本当の自分を思い出して、力を取り戻すっていうゲームに、この地球にいる人全員が同意のうえで参加しているのだ。…覚えてないけれども。
この2元性の世界でバランスを保ち、真ん中の領域で生きる。
真ん中(中道)でしか、魔法は使えない仕組みになっている。
振り子が邪魔をするからだ。真ん中でだけ、振り子はおとなしく止まっていられる。
ちゃんと起きていないと、振り子に振り回されて真ん中を保てない。
魂の目的
魂の目的は、自分自身で施した洗脳から目覚めること。
本当の自分の力を知って使うこと。
自分が開いているその世界では、間違いなく自分自身が主人公。
遠慮は要らない。好きなように生きてみろ。
そんな囁きが聞こえてくる。
信じてる
ひどい幼少期を過ごした人ほど、自分自身の目覚めを信じている。
毒親を選んで生まれてきている人ほど、自分自身の愛情の深さを信じているのだ。
なぜなら、私たちはすべて承知の上で、それでも人を愛したい、愛せると信じているからこそ、そのような設定をして、今ここに居る。
いつか、生きている間に覚醒して全部思い出し、抱いていた嫌悪感やその他の悪感情の全てに、その最悪の経験に、感謝と愛が沸き上がる日が来ると信じているのだ。(藤井風の歌みたいだ(笑))
どれだけ自分自身に愛され、信頼されているかを思うと胸が熱くなる。
目覚めることを強く信じているからこそ、辛く苦しい体験を、敢えてプログラムして、ここ、地球で展開している。
両極を知らなければ、真ん中はわからない。
ものすごく激しく、意識を丸ごと持っていかれるほどの感情体験から目覚めるためには、その感情から、自分を切り離すことが重要になってくる。
感情的になっている時、出来事にフォーカスして執着して、思い出すほどに感情が揺さぶられるような時は、振り子が激しく動くため、出来事の裏側を理解することは難しくなる。
ここは2元性の世界だから、表があれば、必ず裏がある。
必ず、ペアで存在している。
最悪の感情の裏には、最高の感情体験をありがとう!と思っている別次元の自分もいるかもしれない。
最悪の経験にありがとうと思えなくても、最悪の経験ばかりの人生を送っている人はいない。
人生の中には必ず、最高の感情体験も織り込まれているはず。
それらの感情体験の積み重ねで今の自分がいる。その真ん中でバランスをとってみる。
渦中にいるときには絶対にそんな風には思えないだろうけど、起きている出来事は、実は全部、「最高に素晴らしい」だったりする。ちょっとだけ、その視点に立ってみる。
各々のプログラムと振り子の目論見
感情体験は、超個人的なもので、人によってものすごく偏りがある。
各々が持つプログラムによって、敏感に反応するポイントが違う。
ある人が、ある瞬間に放った、ある言葉に乗ったエネルギー、感情、意図を聞いて、反応する人としない人がいるのは、持ってきた設計図(プログラム)が違うからだ。
ある言葉に反応し、揺さぶられる思考感情。
その偏りが分離や孤独を生み、比較して、自分自身を苦しめる。
振り子によって、偏ったものの見方、考え方に振り回され、翻弄されて、何が正解か、何が真実か、わからなくなる。
そうやって周囲を取り巻く人間の思考感情と、自分自身の思考感情のギャップを埋めようとして、どんどん生きづらい環境に自分を追い込む。
他人の思考感情はコントロールできないから、自分をそっちに合わせてムリする、とかね。
だけどここがパラドックス。そうなればなるほどに、覚醒の時は近づく。
辛いほどに光を求め、光を求めれば必ず与えられる。
その光を見るためには、まずは目覚めなければいけない。
光を見る
二元性の渦中で生きると翻弄されるが、渦の外で観察するなら、そのコントラストが作る無数のバリエーションを個性、特徴として認識できる余裕が生まれる。
自分がどう感じているかは一旦横に置いといて、もっと広い視野で、
良い・悪い、快・不快、正しい・間違っている、等々の両極から離れてみる。
絶対に自分はこう思う、というところから離れて全体を見てみると、
黒がどのぐらいの割合で白がどのぐらいの割合なのかという話であって、結局全部グレイなのだと気が付く。
ただの目安。特徴。コントラスト。
あらゆる濃淡のグレイスケールの話と捉えられるとき、二元性の世界からはみ出すことができる。
白と黒の間のどこかの視点ではこういう考え方もできるし、別の視点ならこういう考え方もあるよね、という態度をとることが可能になるのだ。
無意識で生きている時は、他人のグレイに同調して染まってしまったり、ただの目安に意味をつけたくなってしまう。
自分独特のグレイの価値観を知りたくて目安に戦いを挑みたくなってしまうこともあるだろう。
もしくは自分のグレイを低く見積もりすぎて勝手に負けたと思って落ち込んで、感情が大幅に揺れ動く。
一旦、グレイスケールの中にいる自分から離れて、グレイスケールそのものを見る立ち位置に移動してみるってことかなぁ。
そのグレイは、さらに光の三原色も入り込み、唯一無二の光を放つラブラドライトのようなもの。
この世界に2つとないひとかけら(でも対になるかけらは必ずあるよ)に、どう価値をつける?
この世にたった一つの色合いで輝く光は、価値など付けられないほど貴重なお宝だよね?
全部、振り子が導いた茶番なのだ。
周りの光と自分の光を比べて一喜一憂するよりも、すべての光が素敵だなって見惚れて
たくさん感謝し、気分よく、楽しく生きる時間を増やす方が心地いい。
そうすると感情が電磁場をつくり、似ている波動を引き寄せる。
(デフォルトがネガティブな時はネガティブな電磁場がオートマでネガティブを引き寄せる仕組み)
それはラジオ放送のようなもの
無意識で、ほとんどの時間をオートマモードで生きているなら、とりあえず起きて、無意識で放っている思考感情をジャッジしないで観察することから始めなければならない。
そもそも、頭の中で常に無意識に流れている思考感情は、自分由来のものではない。
自分の周波数がどの領域にあるかによって、放送チャンネルは変わる。
それも劇的に。
なので、へぇー、今そう思って(感じて)るんだね、ぐらいの感覚でいるのが正解。
そのぐらいの距離感で分離できている状態が、正解だ。
気を抜くとすぐにオートマモードで生きてしまう私たちだからこそ、1日中可能な限り何度でも意識を覚醒させ、思考感情を観察して認める、でも自分と混同しないことが大事。

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